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2007/01/08

Tony Dungy's tie

RCAドームにベアーズのHC、ラヴィ・スミスが来ていたことが映されていました。
トニー・ダンジーと、ハーム・エドワーズとスミスの三人で前夜、食事をしたこともあり、「誰が支払ったのか」なんて話題もありました。(ダンジー支払い)

もともと、エドワーズとダンジーとは、チーフスつながりです。ダンジーがショッテンハイマーHC、カウハー守備コーディネータのもと、DB担当コーチだったのが90年前後。従って「自分のNFLコーチのキャリアが始まったチーフス」への思い入れも強く、ジェッツのHC職を投げ打ってチーフスのHCになったと思われます。
90年前後、エドワーズはチーフスのスカウト(大学チームの優れた選手を発掘する役)で、ダンジーが92年にヴァイキングスの守備コーディネータ(HCはデニス・グリーン)に出たあと、DBコーチに昇格。ダンジーが96年にバッカニアーズHCに移ると、ダンジーはすかさずエドワーズを呼び寄せ「アシスタントHC/DB担当」に据えました。五年後、エドワーズはジェッツのHCに、その一年後、ダンジーはバッカニアーズを追われてコルツのHCに。
エドワーズはコーディネータ経験が無いままにHCに就任したことになり、階段を登っていくタイプで昇格することが多い米国のコーチ職の中では珍しいタイプでしょう。(イーグルスのアンディ・リードHCは、パッカーズのTEコーチ、QBコーチから、いきなりヘッドコーチに就任し、似たタイプです)
さて、バッカニアーズ時代、ダンジーHC、エドワーズがHC補佐の際に、LBコーチがスミス(現ベアーズHC)、DLコーチがマリネーリ(現ライオンズHC)ということになり、96年から00年までの五年間続きました。当時のバッカニアーズのスタッフから現在は四名がNFLのHCであり、かつ、うち三人がプレイオフに出ているというのは、スゴイこと。まさにダンジーの人脈、当時のコーチングスタッフに対する慧眼と言えるでしょう。

かつてはパッカーズHCのホルムグレン人脈(グルーデン、ジョーロン、マリウッチ、モーニンウェグ、リード、ローズ、シャーマン)が話題になり、カウハー人脈(ケイパーズ、ゲイリー、ルボウ、マーヴィン・ルイス、ムラーキー、ギルブライド、ハズレット、ティム・ルイス)も凄かったです。

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